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母として、妻として、家族のために
頑張っているあなた。
毎日の生活の中で、
「もっと頑張らなきゃ」「私がしっかりしなきゃ」と
自分を追い込んでしまうことはありませんか?
聖書は、あなたが何かを成し遂げたから
愛されるのではなく、
神様は、ありのままのあなたを愛している
と伝えています。
あなたが嬉しい時も、疲れている時も、
自分を責めてしまう時も。
神様はあなたを知っておられます。
「でもどのくらい神様は私を愛しているの?」
「どうやってわかるの?」
その答えを知るためには
イエスについて知る必要があります。
イエスとはどんな人でしょうか?

イエス・キリストは、今から約2000年前に、
実際にこの地上で生きた歴史上の人物です。
イエスに関する記述は、聖書だけではなく
教科書をはじめさまざまな書物に記されています。
イエスは病気で苦しんでいる人を癒し、
孤独を感じている人や、
周りから避けられていた人にも
自ら行って、手を差し伸べ、
「わたしのところに来なさい」
と語りかけたのです。
そしてイエスは、人々に希望や励ましを
与えただけではありません。
イエスがこの地上に来られたのは
もっと大きな目的がありました。
それは私たちを救うために
十字架にかかって、死ぬことでした
「イエスがわたしのために?一体なぜ?」
そのことを知るには「罪」について
知らなければなりません


聖書は、私たち人間には
「罪」があると教えています。
ここでいう「罪」とは、
犯罪を犯すことだけではありません。
神様よりも自分の思いを優先したり、
誰かを傷つけてしまったり、嘘をついてしまったり、
愛したいのに愛せなかったり。
私たちは誰もが、
「完全に正しく生きる」ことはできません。
「罪」は全ての人が持っているものなのです。
そして、この罪によって
私たちは神様との関係から
離れてしまいました。
この罪があるとどうなるでしょうか?
「罪の報酬は死です」(ローマ6:23)と
聖書には書かれています。
つまり永遠の死が私たちの結果だということです。
少し厳しい言葉に聞こえるかもしれません。
しかし、神様は私たちを愛しているからこそ、
人間をロボットのようには造らず、
「自由意志」を与えてくださいました。
私たちは、自分で考え、自分で選ぶことができます。
だからこそ、私たちが選んだことには、
その結果も伴うのです。
本来なら、私たち自身が
その罪の結果を負わなければなりません。
罪のある人間の身代わりになれるのは
罪のない方だけです。
一体誰がそれをできるでしょう…
そう、神ご自身しかいないのです。
神様は私たちを愛しているからこそ、
究極的な愛をご自身で実践されました。
神ご自身がイエスという人として
この地に来てくださり、
罪のないイエスが、私たちの罪を背負い、
本来私たちが受けるはずだった罪の罰を、
代わりに引き受けて、
十字架で死んでくださったのです。
そしてイエスは、十字架で死んで
終わりではなく、三日目に復活されました。
神はすでに「死」にも勝利をされたのです。


十字架でイエスが死に勝利された今、
私たちのすべての罪は
イエスを信じることによってのみ、ゆるされ、
天国に行くことができます
「何かができるから」「たくさん良いことをしたから」
そんなことは関係ありません。
ただ、イエスを信じることによってのみ
罪のゆるしと救いを受け取ることができるのです

今、あなたの人生で最も大きな
プレゼントであるイエスキリストを
「救い主として受け入れたい」「信じてみたい」
そう思ったら、ぜひ以下の祈りを
声に出して言ってみてください。
イエス様、あなたをもっと知りたいです
どうぞ私にも、
あなたの大きな愛がもっとわかるようにしてください私の罪をおゆるしください
孤独や絶望から解放し、
希望と愛を与えてください。
あなたを受け入れます。
あなたの名前によってお祈りします。
アーメン

